オーストラリアでの8日間断食体験。興味深い経験となりました。

かなり久しぶりの記事となりました。
記事は更新していなかったものの食関連の記事は今でもアクセスされているようで、特に「断食」は多くの方の興味が集まっているようです。

誰にも言っていなかったのですが、オーストラリアのゴールドコーストにいたときに8日間断食をしました。結果として自分でも驚くことがあったので今回はそれをシェアしたいと思います。

クリスチャンの断食のワケ

これまでは体質改善、デトックスといった目的で断食していました。しかし、今回はクリスチャンとして「神様を求めて」やりました。実は聖書を読んでいると「断食」の記述がたくさん出てきます。

ダビデはその子のために神に願い求め、断食をして、引きこもり、一晩中、地に伏していた。(Ⅱサムエル 12:16)

ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。(マルコ2:16)

「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。・・あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見て頂くためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあたなの父が報いて下さる。」(マタイ 6:16)

特にモーセ、イエス・キリストの40日間の断食は水すらも飲みませんでした。

ちなみに「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」という言葉がありますが、『武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも食べたかのように楊枝を使って見せる。武士の清貧や体面を重んじる気風をいう。また、やせがまんすることにもいう。出典:コトバンク』という意味になります。これはまさに上でイエス・キリストが言っていることと同じです。武士の心はイエス・キリストに繋がりますね。

さて、なぜ断食するかと言うといくつか理由があります。

  • 神様に願いを聞き入れてもらうため(自他両方のために)
  • 食欲や世との関わりを断つことで祈りに集中し、神様と交わるため
  • 自分の霊を高めるため

などです。

簡単に言うと

  • 食べる事すら忘れ熱心に、ときに必死に祈る→結果的に断食になる
  • 神様と交わることに集中する→自ら進んで食を断つ

このように断食とは信仰生活の一部であります。また「むさぼること」は離れるべき悪の1つとして見ていますから、断食は自らの霊を清め、鍛えるための修行とも考えられます。

あるとき、イエスの弟子が悪霊を追い出せなかったときイエスは弟子たちに信仰が薄いからだと叱りました。そして加えてこう言いました。

「しかし、この種のものは、祈りと断食によらなければ出て行かない。」 マタイ 17:21

よく断食をすると五感が冴えるとか不思議な体験をする人もいますが、おそらくそれは断食には霊(魂のようなもの)を高める効果があるからだと思われます。イエス・キリストが言うよう断食には秘められた力があると思われます。信仰につまづいたとき、何か困難な状況に置かれたとき、断食は壁を乗り越える力を与えてくれると考えられます。

ということで、そんな断食の一面を知った私はよりクリスチャンとして成長するために断食をすることにした、それが今回の経緯でした。また当時は英語にも伸び悩んでいたのでそんな状況も打破したいとも加えて祈りました。

いつかイエス・キリストのように40日間の断食を行ってみたいという気持ちもありますが、今回は8日間で終えました。その記録を以下にのべたいと思います。

断食Day1〜Day8

Day1

今回は初めて仕事(マッサージ)をしながらの断食。1日目にして早くもいつも通りの頭がフラ〜ッとする陶酔感が現れる。現代的な断食では準備として徐々に食を細くしていく減食のステップを経て本断食に入るのだが、今回はそんなのは無視。そのせいか、ちょっと口寂しさもありハーブティーをたくさん飲んだ。

Day2

昨日よりも陶酔感が強い。これまでの断食経験だとこの陶酔感は2日目ぐらいから出るのだが、今回は少し早めに出て少し驚いた。仕事は普通にこなせた。

Day3

この日は仕事無し。カラダがめちゃくちゃ重く、一日中寝ていたい感じ。いや寝ていた。頭痛もあり、辛い一日だった。仕事がなくて良かった。

Day4

朝は足に力が入らず、踏ん張りがきかない。どうなるかと思ったが、仕事を始めてから少しずつ楽になり、頭痛もなく、仕事も普通にできた。昨日水分を摂りすぎたためか、今日はあまり飲みたくない。昨日とは違って仕事から帰ってきてからもPCにむかう気力もあり、最初の峠を超えた感じ。ただ左の横隔膜、肋骨辺りが痛い。

Day5

やはり朝はカラダが弱い。仕事にいく自転車のペダルをこぐ力がない。しかし、マッサージをし始めるとだんだん元気になってくる(というかやらなきゃいかんというプレッシャーのため?)。今日も水分はあんまり摂りたくない。朝に塩を少しなめた。塩ってこんなにおいしいんだなと実感。塩を補給すると胃がぎゅうぎゅういい始めた。そして少し気持ち悪くなった。今日は4人マッサージをした。足はだんだん軽くなったので不思議。ふくらはぎ、胸、肩がつりそうな感じ。どれもマッサージでよく使う部分だけど、筋肉が疲労しやすい。頭痛はなし。PCに向かう余裕もある。食べたい願望は少しそそられるときはあるが、食欲というのはわかない。

Day6

朝はいつもきつい。そのため朝に醤油スープを1杯飲んでみるが、体調は変わらず。仕事をし始めるとOK。今日は5人マッサージだったからけっこうやったほう。上半身が疲れやすい。2杯ほど醤油スープを補給し、夜にもう1杯。空腹感はないが、たまに食べ物のことが頭をよぎる。足は意外にも軽い。左の横隔膜当たりの痛みが、少し移動して剥がれるような感覚、動くような感覚がでた。左の腎臓辺りも少し痛い。

Day7

朝のきつさが無くなってきた。これまでは朝は本当にカラダが重くてフラフラして、自転車をこぐ力が無かったのに大丈夫になってきた。少しテンションが上がってグイッと自転車をこいで出勤できた。もう1つ山を超えた感じ。便も出た。

Day8

今日はオフ。足のつらさは感じない。自転車も普通に立ちこぎできる。1週間を終えて、ここまでカラダが動くのは不思議だなと実感。ココナッツウォーターなどを飲み始め、少しずつエネルギーを補給しはじめ、断食を終えた。

断食後の不思議な変化

実は断食7日目だったと思うのですが、英語がスッとに耳に入るようになり、今自分が何をすれば英語が伸びるのかということがポンと現れました。決して魔法にかかったように英語が上達したということではなく、何をすべきか道しるべを頂いた感じでした。当時はオージーのクリスチャンの集まりにも参加してなかなか会話についていけなかったのですが、それでも断食後には不思議と会話の以前の30%増しぐらいで理解できるようになりました。神様に感謝しました。

カラダのほうでは便の形が良くなりました。これまで決して悪かったわけではありませんが、よりしっかりした形で出もいい感じに。いわゆるよりバナナ君になりました。すごくお腹の中を掃除された感じがありました。今回は以前の断食に比べより顕著にお腹の中もキレイになった感じです。

(ちなみに現在は動物性のものを食べるようになっていますが、やはり便は食べるものによって変わることを実感。当たり前ですが。)

まとめ

今回の断食は第一に自分の信仰を強めたい、神様をより知りたい、そんな気持ちで始めました。ただ単に英語を伸ばして欲しいというように神様を「魔法のランプ」代わりにして断食を行ったわけではありませんし、デトックス目的で行ったわけでもありません。

個人的には「英語」を通して神様の存在を少なからず感じることができたと思っています。嬉しいおまけとしてカラダのほうも良くしてもらった感じです。

もちろん、フィジカルな面でも断食はやはり効果がありますから、ちゃんと学んで安全に行えばすごく良いものになると思います。もしかしたら断食を通して皆さんも神様と出会うかもしれませんよ。

私はもっと神様と交わりたい、そう思う毎日です。

■中山■

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ABOUTこの記事をかいた人

菜食の元パーソナルトレーナー。
2016年に洗礼(バプテスマ)を受け、クリスチャンになる。食の探求から陰謀論の世界に入り、真実を追い求める。そして真実は聖書の中にあると確信。食や運動などトレーナーからの視点とクリスチャンの視点を合わせた情報発信を行う。