尾骨は本当に進化の名残りか?肛門から探る人間のルーツ。

尾骨(尾てい骨)はしっぽの名残り。

猿から直立歩行の人間に進化していく過程でしっぽは必要無くなった。このように進化によってわずかにカラダにその痕跡は残っているが機能を果たしていない(と思われている)器官は「痕跡器官」と呼ばれています。この痕跡器官は進化論の中では1つの証拠としてみているようですが、実際はどうでしょう?

盲腸(虫垂)は長年「不要な組織」として見られていましたが、今では免疫に関わる重要な器官ということが明らかになってきています。つまり、盲腸は「痕跡器官のリスト」から削除されるということです。

人間のカラダに無意味なものはありません。人間が勝手にムダだと思っているだけです。ということで今回はしっぽの名残りと言われる尾骨を見ていきたいと思います。

もしも肛門の感覚が無くなったら?

まずは尾骨をビジュアルで確認します。お尻の尖った骨です。

画像:湘南あしケアサービス古東整形外科より

この尾骨は肛門の近くにあります。この尾骨の周りからは「尾骨神経」というものが出ており、肛門周囲の知覚を司ります。

出典:グレイ解剖学(オンライン)

この肛門の知覚というのは唇と同じぐらい非常に敏感なセンサーが分布されているようです。

肛門には、口唇とほぼ同等の大変敏感なセンサーが分布されています。(知覚神経)これは、トイレに行ってすぐに「固体」、「液体」、「気体」の鑑別ができることからも容易に推測できます。これは、とてもすごい事で、皮膚でもっとも神経が敏感な指先の感覚を上回る分析能力なのです。肛門の手術の際には、どうしてもこのセンサーに触れてきてしまう為、一時的(術後2週間くらいまで)に、トイレに行っても「固体」、「液体」、「気体」の鑑別ができなくなります。(※注:肛門.jpのHPでは「固体」、「液体」、「固体」と記述されていますが、おそらく1つは「気体」の間違いであると思い、当HPでは「気体」に変更して転載しています)

出典:肛門.jp

で、この肛門の知覚を司っている尾骨神経の出どこが尾骨であり、この神経を守っているのが尾骨なのです。

実際、尾骨を骨折するとその後遺症に排便障害が起こることもあるようです。排便がスムーズにいかない、肛門周辺の知覚は鈍り、神経痛も出る事も。地面が滑りやすいときは皆さん転倒にはご注意を。

抜群のバランスで内臓を支え、排泄とも深く関わる尾骨

体幹強化や老後の尿漏れ予防として注目を浴び、今では広く知れ渡っている「骨盤底筋群」ですが、尾骨にも付着しています。

この骨盤底筋群は尾骨から恥骨へとハンモック状になっており、内臓を優しく包み込むように支えています。もし尾骨がなければ傾斜が高くなり、滑り台のようになってしまいますから、内臓を支えるには不適切な形状になります。

また、注目すべきは尾骨がテントの先っぽのように骨盤底筋群の支点になっているという点です。

画像:フィットネスの勧め

骨盤の図は上から見たものです。1つの支点から扇状に広がることで張りが安定し、テントのようになるのです。先の尖った尾骨はまさにその頂点になるにふさわしい形状と位置にあります。

さて、ご覧のように骨盤底筋は肛門と尿道の開閉にも深く関わっています。活動量の低下、障害、不良姿勢などによって骨盤底筋群が弱くなれば排泄に支障がでます。

さらに、人のカラダは筋膜という膜で全て繋がっているのでそのリンクも見てみます。骨盤底筋群はDFL(ディープ・フロント・ライン)と深く関わっています。

画像:pinterest

少し見にくいですが、骨盤の内側には筋肉が張り巡らされています。そのネットワークは下は内もも〜すねまで、上は腰、横隔膜、首、頭まで広がっています。横隔膜との関連、つまり尾骨は呼吸とも関連しているという点は重要です。

尾骨を支点に抜群のバランスで張り巡らされた骨盤底筋群は排泄と深く関わり、内臓を支え、体幹周囲を支える重要な役割を担っているということです。カラダのゆがみをみるのに尾骨を重要視するセラピストもいますから、尾骨はまさにカラダのバランスを整えるアンテナのようなものと言えます。尾骨が無いと人はうまく座れないとも言われているそうです。

呼吸と深く関わる肛門

すでに尾骨と肛門が深く関わっていることは述べました。ここで面白い話を紹介したいと思います。

そちらの本では、尾骨を交感神経・知覚神経の終末としてとらえ、「尾骨の確認」というところで、非常に興味深いところから入る。

『尾骨は肛門の知覚を司る。肛門と肺は綿密な関係にあり、溺れて、腹式呼吸(←注:人工呼吸のことかと)を行っても息を吹き返さない場合には肛門が開いている。このときは、肛門にきゅっきゅっと刺激を加えて肛門を閉めてから、直ちに腹式呼吸を行うと、肺が生きているうちならば、息を吸い始める。肛門を刺激しても閉まらない場合は助からない。』と解説されています。

いざというときに、ぜひ覚えておきたい豆知識。中国武術等を学ばれていると、肛門を軽く占めつつ上に引き上げなさいと指示されます。

こうすることで交感神経を奮い立たせ集中力を増すことができます。実際にやってみていただければ、肛門部分の弛緩と緊張では呼吸の感じが違ってきませんか?または緊張させて上に引き上げるかどうかでも。
上に引き上げようとすると腰の部分までが、キュキュキュっと引き締まって上がっていく感じもあるかもしれません。
肛門を引き上げて内臓側に持ち上げるときには、尾骨が上に押し上げられて交感神経のスイッチがオンになるのですね。

呼吸器系に故障があると、尾骨に異常が出てきます。尾骨に異常が起きますと、呼吸器に故障がでてくる。ということで、この両者は密接な相関関係があるわけです。  出典:ボディワーカーと夢のお仕事

肛門(尾骨)が呼吸と関わることは筋膜の繋がりからも理解できます。また東洋医学の視点でみると陰陽五行説では「大腸」と「肺」は深い関連がありますから、頷ける話です。そもそも消化管というのは口から肛門まで一本のホースですから口と肛門が遠く離れており、働きが真逆だとしても関係していることは当然といえば当然といえます。

また交感神経は頭蓋骨の底部から尾骨まで伸びています。となれば尾骨のポジションによって交感神経に与える影響も変わってきそうです。デスクワークが多い現代人は姿勢も悪くなり、活動量も減りますから、体幹が弱まるだけでなく、呼吸もナチュラルに行えてない人が多いでしょうね。猫背になってくると骨盤底筋群のハンモックの張りがたるんできますから、そのたるみが全身に、そして心理面(交感神経)に波及してしまいます。

気合いの入っていない選手に「ケツで呼吸しろ!」なんていう指導者の声もそのうち聞こえてくるのでしょうかね。

痕跡器官という考えは妄想

さて、尾骨についてみてきましたが、

まず第一に、これだけ色々な働きをしている尾骨です。これが進化の名残りで不要な痕跡器官とは言えないでしょう。捨てようと思っていたロープが意外と使えることがわかって、なんだかんだで色々と役割を与えた、とでもいうのでしょうか。

つまり、尾骨は進化の名残りというのは進化論を信じる人の妄想であり、解剖学的にも誤った見方です。尾骨は後から役割を与えられたのではなく、最初からしっかりとデザインされた必要な骨と考えるほうが自然ではないでしょうか。

そして第二に、仮にしっぽがあったときから尾骨は同じような機能を持っており、ただ長さが変わっただけと思われるかもしれません。まず、人間は猿から進化したといいますが、これは正確にはモンキーのことではなく、チンパンジーのことです。映画「猿の惑星」に出て来るのもモンキーではなく、チンパンジーです。

進化論でもよく話題になるのは人間とチンパンジーの比較です。猿ではありません。人間とチンパンジーのDNAは99%一致していると主張する学者もいます。

人間からしっぽが無くなったと言われる理由の1つには四足歩行から卒業したことによるものと言われています。人間は二足歩行です。しかし、人間とDNAが99%一致しているチンパンジーは基本四足歩行です。でもしっぽはありません。

またこの99%一致というのも実は穴だらけの主張なのです。詳しくは以下の動画をご覧下さい。

人間のDNAの50%はバナナと一致。80%は犬と一致とも言われています。こちらの記事にこの動画をもとに図入りで解説されています。サラッとみるだけでもこの99%という数字がデタラメということがご理解頂けると思います。

まぁ仮に99%一致しているとしてもほんの1%でこれだけ違うんですから、1%違うだけでも全く異なる生物と言えると思いますが。

まとめ

扁桃腺もかつては「痕跡器官のリスト」に入っていましたが、免疫に関わることがわかっています。人間の頭では理解できないから「進化の名残りで今はムダなもの」認定してしまうのはちょっと危険です。

尾骨は明らかに人間のカラダの中で重要な役割を果たしています。しっかりとデザインされた器官です。単なる偶然によって今の尾骨になったのではないのです。シートと鉄パイプを地面においておいてもテントは完成しません。誰かが組み立てなければなりません。鉄くずは何年経っても鉄くずでスカイツリーにはなりません。スカイツリーは自然に建設されたと言えば誰でも「そんなアホな話があるか笑!」と言うでしょう。それが進化論です。

人間は創造主なる神様が作られたものと私は確信しています。人間のルーツはチンパンジーや猿なんかではなく、神様にあるのです。人間は最初から人間。チンパンジーは最初からチンパンジーです。

調べれば進化論は穴だらけということは理解できると思います。しかし、実は問題はそこではなく、神様を信じたくない、自分は誰にも従いたくない、この世の快楽を味わっていたい、そのメンタリティが問題なのです。そのメンタリティを超えない限りはどんなに進化論が穴だらけで、神様の創造論が科学的にますます証明されようとも変化はないのです。

特に日本人は学校で「創造論」などというものは教わりませんからね。進化論を支持したいという気持ちや進化論が常識として頭にこびりついていることは理解できます。

しかし、人間は誰でも未知なる神様、永遠を求める心を持っているのです。人間とは何なのか?自分はどこへ行くのか?この世の真実とは何なのか?そんな思いを抱くのは自然なのです。なぜなら聖書にこう書かれているからです。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。(コヘレトの言葉 3:11)

永遠を求めること、神様を求めることは人間にとってナチュラルなことです。どんなに年をとろうともそれは変わらないのです。

そして同時に、神様のことを全て理解することはできないのです。この世界のことは人間には完全に理解できないのです。子供が親のことを完全に理解する事はできません。だからといって親子の絆が切れるわけではありません。

もう大人なんだから「永遠」なんて言ってないで現実を見ろ!なんて言われて純粋な気持ちを押し込めてませんか?永遠を求める心。ロマンティックじゃありませんか。

■中山■

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ABOUTこの記事をかいた人

菜食の元パーソナルトレーナー。 2016年に洗礼(バプテスマ)を受け、クリスチャンになる。食の探求から陰謀論の世界に入り、真実を追い求める。そして真実は聖書の中にあると確信。食や運動などトレーナーからの視点とクリスチャンの視点を合わせた情報発信を行う。