あなたを真実から遠ざけるたった1つにして最大の問題。それは今も昔も、人も天使も変わらない問題。

たとえ「神様は存在する」「イエス・キリストが真理である」という証拠をいくら提示したところで、最終的にそれを受け入れるかどうかはその人の自由です。「奇跡を見せてくれたら神様を信じるのにな…」そう思う方もいるかもしれませんが、聖書を読むと過去において神様の奇跡、イエス・キリストの奇跡を目の当たりにしても神を信じなかった人が大勢いることがわかります。

なぜ奇跡を目の当たりにし、証拠を見せられても信じないのか?

それは人間には1つの根本的な問題があるからです。それは何か?それは「プライド・高慢な心」です。これは決して人間にだけ当てはまることではなく、天使にも当てはまる問題で、私たちはこの問題を真剣に考えなければならないのです。今回はその問題について考えてみたいと思います。

神の存在を認めるならサタンの存在も認める。そしてサタンとは元◯◯。

よく神様の存在については議論されますが、それに比べると「サタン(悪魔)」の存在についてはあまり目立って行われていない印象があります。また、何か悲惨なことがあると人々はもっぱら「サタン」ではなく「神様」を責めます。どうしてこんな目にあわせたんだ!と。大自然を見て感動してもその創造主である神様は誉め称えない。普段から神様に仕えることもしなければ、何か困ったときだけ神様に祈る。

世界一文句を言われているのは誰か?それは「神様」なのです。それでも神様は私たちを天の国に入って欲しい、救いたいと願っているのです。これほど忍耐強い方が神様以外にいるでしょうか?

このように私たちは神様について語るとき、同時に「サタン」の存在も認めなければなりません。これは神様が始めからサタンを創造したという意味ではありませんし、善の存在のために悪の存在も必要、という二元論を認めるという意味でもありません。

神様は何でも自分の命令に従うように人間を創造されたのではなく「自由意志」を与えてくれました。それ故に私たちは神に仕えることも、仕えないこともできるのです。そしてこの自由意志は天使にも与えられたものです。

そして、初めて神様に反逆したのが「天使」だったのです。いわゆる堕天使です。そしてこの堕天使が「サタン」になったのです。サタンとは「敵対者」という意味であり、神に反逆する者なのです。サタンとは元天使であり、善なる存在だったのです。しかも、かなり優秀で美しい天使長であり、神の被造物の中でも最高傑作と言われるほどの存在でその名を「ルシフェル」と言いました。彼は堕落し「ルシファー」と呼ばれるようになりました。サタンの長です。

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(画像はwikiルシファーより)

最初の人間であるアダムとエバはこのルシファーの誘惑に合い、罪を犯しました。それによって共に楽園を追放されるのです。つまり、私たちが今いるこの世界の長は「ルシファー」であることを知ることが大切です。この世界から戦争や争い、苦しみが耐えないのはそれが理由なのです。

なぜ悲惨なことや苦しみが起きるのか?その原因にはルシファーが絡んでいる可能性があるのです。そしてなぜ優秀な天使が神に反逆したのか?そこに大きな問題があるのです。

ルシファーが堕落した原因はプライド

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(画像はWikiより)

上の画像は天から堕ちるルシファーの様子を描いたものです。ルシファーが堕落した原因はその優秀さ、美しさゆえに「プライド」が高くなり「傲慢」になったからなのです。預言者イザヤの書にはこう書かれています。

暁の子(ルシファー)、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。蜜雲の頂に上り、いと高き方のようになろう』。しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる」(イザヤ14:12-15)

つまり、自分が神様のようになろうとしたそのプライドによって神に反逆したのです。

主なる神はこう言われる。オマハあるべき姿を印象としたものであり知恵に満ち、美しさの極みである。お前は神の園であるエデンにいた。あらゆる宝石がお前を包んでいた。ルビー、黄玉、紫水晶、かんらん石、縞めのう、碧玉、サファイア、ざくろ石、エメラルド。それらは金で作られた留め金でお前に着けられていた。それらはお前が創造された日に整えられた。私はお前を翼を広げて覆うケルブとして造った。お前は神の聖なる山にいて火の石の間を歩いていた。お前が創造された日からお前の歩みは無垢であったが、ついに不正がお前の中に見いだされるようになった。お前の取り引きが盛んになるとお前の中に不法が満ち罪を犯すようになった。そこで、わたしはお前を神の山から追い出し翼で覆うケルブであるお前を火の石の間から滅ぼした。お前の心は美しさのゆえに高慢となり栄華のゆえに知恵を堕落させた。私はお前の地の上に投げ落とし王たちの前で見せ物とした。 エゼキエル書 28: 12-17

上記にあるようにルシファーはケルブと言ってエデンの園を守る守護者であり、非常に重要な役目を担っていたのです。しかし、その知恵と美貌によって自分が神に取って代わろうとしたのです。心に不法が満ちたルシフェルは蛇に化け、エデンの園にいる神様の愛する人間、アダムとエバを騙すのです。その謳い文句とは「あなたたちは神のようになれる」です。

女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」  創世記 3:2-5

こうして神の愛する創造物である人間を騙したのです。その誘惑は人間にとって魅力的に写ったのでしょう。こうして人間の中にもルシファー同様に「神になりたい」という罪深い思いが刻まれてしまったのです。

ちなみにルシファーとは明けの明星を指すラテン語です。金星のことです。金星はヴィーナスとも言われます。金星はルシファーのシンボルの1つあり、有名なヴィーナスはセミラミスという古代バビロニアに起源を持つ女神崇拝の元祖(悪魔)の別名です。つまり金星に関わることは悪魔との関わりがあることに注意すべきです。例えばサナト・クマーラという金星から来た神を祭るパワースポットとして有名な京都の鞍馬山の鞍馬寺など。

鞍馬寺とは、どこにでも存在する「尊天」のパワーが特に多い場所にして、そのパワーに包まれるための道場であるとしている。「尊天」のひとり、「護法魔王尊」(サナート・クマラ)とは、650万年前(「650年」の間違いではない)、金星から地球に降り立ったもので、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま、年をとることのない永遠の存在であるという[2]。 wikiより

ちなみにレイキと呼ばれるヒーリングテクニックは臼井氏という人がこの鞍馬山でサナトクマーラから啓示を受けたものです。つまり、レイキはルシファー、つまり悪魔から来たもので本物のヒーリングではありません。

また、イエス・キリストはこう言いました。

「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。」 ルカ10:18

ルシファーは罪の創始者となりました。他の天使たちも説得し、自分の側につかせ神様に反逆しました。プライドを高く積み上げてしまった結果、サタンとなり他の堕天使と共に追放されたのです。高慢な心は天の国に最もふさわしくないのです。このプライドの問題は私たち人間にも大きく当てはまることなのです。

聖書の中の知恵の書とも呼ばれる「箴言(しんげん)」にはこのプライドについて戒めの言葉が書かれています。

高ぶりは滅びにさきだち、誇る心は倒れにさきだつ。 箴言16:18

驕る者は低くされ心の低い人は誉れを受けるようになる。 箴言29:23

神様の救いを邪魔するのは「服従したくない」というプライド

人によっては自然を神とする人もいれば、宇宙や天体、または宇宙に存在するエネルギーが神であるとする人もいます。

聖書がいう神様は唯一の神様であり、人格をもった方です。そして神様を信じるならば神様の教えに従う、つまり服従することが必要です。

しかし、先に述べたように自然や宇宙のエネルギー、天体を崇拝しても、その人に「服従」は求められません。自分にとって都合のよい「ツール」としての神様となるのです。

結局は「自分が支配者でありたい、服従などしたくない」つまり「神は認めない、自分が神でありたい」というプライドが神様からのギフトを拒否するのです。これはルシファーが堕落した理由と同じです。

もちろん、神様は本当にいるのか?聖書は正しいのか?イエス・キリストが真理なのか?こういった疑問を調べることに長い時間を費やすことはとても有意義なことです。私たちは賢くあるべきですが、同時に素直さも持たなければならないのです。

イエス・キリストは12弟子を宣教に送り出すときにこう言いました。

わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。 マタイ10:16

蛇とはアダムとエバを騙したルシファーの賢さを言っています。イエスはルシファーの頭の良さを認めているのです。しかし、人間は賢くあるだけでは高慢になってしまうのです。そうならないためには「素直さ」も同時に求められるのです。ルシファーには素直さが無かったのです。

実際、この世界というのは狼だらけです。私たちを神から遠ざける誘惑に満ちています。富の誘惑、酒やドラッグの誘惑、性の誘惑、そして「あなた自身、人間1人1人がみな神である」という誘惑です。

私たち人間は植物の種1粒すら作れません。この自然界の秩序を保つこともできません。そんな人間が神であるということがありえるでしょうか。

まとめ

私たち人間は堕落した結果、心の中に「何にも服従したくない」「自分が支配者でありたい」そういった罪深い思いが刻まれています。ルシファーはその謳い文句で誘惑してきます。そして神様から私たちを遠ざけて地獄へ道連れにしようとしています。

なぜなら、ルシファーは罪の創始者であり、人間を騙した罪の重さから地獄行きがもう決まっているのです。しかし、人間はルシファーによって騙されて二次的に罪を犯したので神様から救われるチャンスが与えられているのです。そのギフトを得るためにはイエス・キリストがその救い主と信じ、その教えに服従するのみです。

繰り返しますが、いくら聖書が正しいという証拠を提示したところでその人にプライド、高慢な心があるならば神様を受け入れることはできないのです。それは天使長が堕落した理由と同じなのです。私たちに求められるのは子供のような無垢で素直な心なのです。

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あるときイエスの弟子たちの中で「誰が一番偉いか?」という議論が起きました。そのときイエスはこう言いました。

そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこでイエスは1人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。わたしの名のためにこのような1人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」 マタイ18:1-5

イエスの弟子たちの中ですらプライドの問題は起きたのです。となれば、なおさら私たちはこのプライドをむち打ち、子供のような純粋な心を持つことが必要なのだと思います。

知らないことを素直に「知らない」と言うことは意外と難しいものです。なぜならプライドが邪魔するからです。でも子供なら躊躇なく「知らない!」と興味津々で言ってくることでしょう。わたしはそんな風になりたいと思います。

■中山■

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ABOUTこの記事をかいた人

菜食の元パーソナルトレーナー。 2016年に洗礼(バプテスマ)を受け、クリスチャンになる。食の探求から陰謀論の世界に入り、真実を追い求める。そして真実は聖書の中にあると確信。食や運動などトレーナーからの視点とクリスチャンの視点を合わせた情報発信を行う。